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2007年11月18日 (日)

第1話 四畳半と納豆と整体

20代中頃、アジア各地の旅&整体の習得から戻り、東京の整体学院に入学したとき貯金が2万円を切っていた。
 

アパートは、築40年の木造で、風呂なし共同トイレの四畳半。

段ボール箱をテーブル代わりにし、ガスは長年愛用のキャンプ用カセットコンロ。テレビ、冷蔵庫なんかあるわけない。

カーテンの代わりに新聞紙を窓に貼っていた。どうせ昼は学校でいないんだからかまいやしない。

真冬に暖房器具も布団もなしで畳の上に寝袋で寝る。寒がりで冷え性の私は靴下2枚はいて、マフラーしてスキー帽をかぶって寝ていた。
 

近くの八百屋で賞味期限が切れた納豆を3パック30円ぐらいで買って食べていた。炊飯器がないので、そばを湯がいてその上に納豆をかけて食べるのだ。

私はいまでも、納豆さえ食べていれば生きられることを信じている

夜学校から帰ってくると深夜のホテルで清掃のバイトだ。1ヶ月が経ち、ようやくバイト代をもらえたとき、私が買ったのは布団でも炊飯器でもない、1万円の整体の本だった。
 

その後もしばらく人から生活用品をもらうまでこの生活スタイルは続いた。

生命を維持するぎりぎりの栄養をとったら整体の本を買って、未来の夢である整体院開業の資金として月2万円ばかし貯金する。

睡眠不足と栄養不足、倹約のための自転車通いでふらふらすることもあったが、整体を極めさえすればすべてが上手く行くと信じていたので、そんなにつらいとはおもわなかった。
 

いまでもその単純思考癖は健在で、人間関係で悩もうが、身体が痛かろうが、すべて整体のためだと決めつけている。
 

 

話にはオチがないとおもしろくない。
 

スペシャル貧乏な頃、実家の父に自分の洋服を送って欲しいと言うついでに、できれば食料品も入れておいてほしいと頼んだら、届いた箱の中には洋服の隙間に一番安いしょう油パックと砂糖1キロが入っているだけだった。 
 

長年自衛隊に勤めていた父は、私にも東京で過酷なサバイバル生活を体験しろと言うのであろうか。

たとえ飢えてもお金の無心はしなかったが、まさか砂糖を送ってくるとは。

 

俺はアリか!
 

 

ため息をつきながら洋服や砂糖を取り出すと、段ボールの底に封筒があった。そこには母親からの手紙と現金三万円が入っていた。
 

結婚するまでその手紙とお金は使わずに取っておいた。 
 

人間夢さえあればつらくても生きていけることを経験から学んだ。

夢なんて叶わなくてもかまいやしない、ただ持ち続けるだけで幸せなのだ。 私の整体を極めたい夢はまったく色褪せていない。

もっともっとだ。

 

つづく

JIRO整体物語記事

  ↓

第1話 四畳半と納豆と整体

第2話  整体院の開業と心身の反乱

第3話 死の不安、そして心身統合整体へ

第4話 JIRO整体の技術の作り方

第5話 「大いに生きる」

第6話 整体の技術のように「生きる技術」

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