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2008年1月19日 (土)

 第2話  整体院の開業と心身の反乱

30歳のとき東京で開業することにした。

不安もあったが、その頃は自分の整体の技術にかなり自信を持っていたので、オープンしさえすればなんとかなるだろうとおもいきった。

予算の都合で、看板はベニア板にペンキで塗った手書きのものだ。

開業して1年ぐらい経つ頃から、同業者の知り合いやクライエトからの紹介で徐々に広まり始め、一日最高10人の予約を断ることがあったぐらいだ。
 

その頃の私は、整体に関しては絶頂期だった。

 

自分の整体のレベルが上がれば、それに比例して口コミで紹介されてくるクライエントも重い症状の方が増えてきた。
 

クライエントの悩みや葛藤を親身になって聞いていると、感情移入し過ぎて自分自身もひどく落ち込むこともあったがやりがいはあった。
 

 ただ、中には抑圧された怒りの矛先を私に向けてくる人もいた。心の勉強を一切したことなかった私は動揺し、もがき苦しんだ。

クライエントの怒りが、私に乗り移ったような気がした。
 

整体の技術だけでは対応できないクライエントが増えると徐々に自信も失い始めた。
 

 

気分転換に、仕事以外の人と知り合おうとしても、自分の職業を言うと、どうしても相手の悩みを聞くことが多く、仕事と遊びの区別がつきづらかった。

なかには整体嫌いな人もいて、初対面でいきなり「整体なんかインチキだ!」と言われたこともあり、次第に知らない人と会うのが億劫になり、整体の仕事のことも隠すようになっていった。
 

徐々に自分の殻に閉じこもり始めた。イライラしていたのか今まで親しくしてきた人に対しても疑心暗鬼となり、上手く付き合えなくなっていった。
 

その頃から、私のものと思っていた心と体は、私から反乱を起こしだした。
 

突然不安になったり、動悸や冷や汗、気分の落ち込み、怒り、不眠、腰痛、頭痛、冷え、慢性胃炎、倦怠感など、様々な症状が出始めたのだ。
 

得意の気合いや根性ではどうすることもできず、あんなに整体に打ち込んでいたのに、漠然と、もう整体やめようかなと思うようになっていった。

そんな整体院に来るクライエントはいない。あっと言う間に暇になっていった。
わけのわからぬ不安と怒りで心は覆い尽くされ、体はどっしりとなまりのように重たかった。 
 

歩くのもしんどい。
 
 

つづく

JIRO整体物語記事

  ↓

第1話 四畳半と納豆と整体

第2話  整体院の開業と心身の反乱

第3話 死の不安、そして心身統合整体へ

第4話 JIRO整体の技術の作り方

第5話 「大いに生きる」

第6話 整体の技術のように「生きる技術」

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