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2012年1月15日 (日)

津田恒美選手 野球殿堂入りおめでとう

プロ野球選手でだれが一番記憶に残っているかと問われれば、広島東洋カープの津田恒美投手を上げます。

大人になって野球は見なくなりましたが、子供の頃、野球を一番見ていた時期に、津田選手がいつもマウンドに上がっていました。

バネのあるフォームで、踊るようにボールを投げる姿。

直球で真っ向勝負。

打者も直球が来るのがわかっているのに空振りするのですから、悔しかったでしょうけど、なぜか楽しそうにも見えました。

津田選手は気迫のこもった投球をするため「炎のストッパー」と呼ばれていましたが、私は「さよならの津田」の方が印象に残っています。

よく打者を抑えもしましたが、故障してからはよく打たれてもいました。
逆転のホームランを打たれ、白球を目で追い、外野を振り返る寂しい後ろ姿。

カープファンだった私は、「津田っー、変化球投げろっー」と、やきもきしながらマウンド姿をテレビを見ていました。

そんな「さよならの津田」でも、マウンドに上がらなくなると心配になってくる。

後に知ったのは、脳腫瘍で32歳で亡くなったこと。

故障を乗り越えながら、真っ向勝負していたとは、津田恒美のドキュメントの本を読むまで知りませんでした。 

参考記事 → 炎のストーパー 津田恒美 

1月14日の朝刊に、「故津田 野球殿堂入り」と大きく書かれた記事を見て、懐かしくなってほろっとしました。

名前をアナウンスされたら、目をつり上げグラウンドに気合いを込めて走っていく姿。

試合以外の時は、お人好しで優しい目。

「弱気は最大の敵」を信念に、真っ向勝負の投球。

津田さん  忘れていませんよ。

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