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2012年1月24日 (火)

原発事故 山本太郎の爪のあかを飲みます

今日の日本経済新聞を読んで怒りで血圧が急激に上がった。
震災の福島原発事故が起きたときに原子炉の状態を把握するシステムが、停電時には使えない状態で放置されていたのだ。東電は事故から4ヶ月前の工事で、装置を非常用電源から切り離し、再び接続するのを怠っていたのだ。装置が作動していたら、放射能汚染がわかって住民避難に役立ったはずと書いてあった。

怒りはこれだけでは収まらない。原子力安全・保安委員は、その経緯を承知していたにも関わらず、政府の事故調査委員会が公表した中間報告には記載がない。事故調に事実を伏せていた、そしてそれを見落とした事故調の能力とはいったい何なのだと言及している。

そして政府は原子力対策本部の議事録を作成していなかったこともわかった。避難や人命に関わる重大な判断が、どのような議論を経て下されたのか、重要なことは知らされないまま闇の中で失われた可能性がある。つまり事故対応を正確に検証する教訓を我々国民は失ったということなのだ。

これでは過去の戦争と同じではないか。偉い人間は「記憶にない、知らなかった、しょうがなかった」の繰り返し。その無責任な言葉が、いつまでもアジアの国々から怒りを買っている原因になっているのだ。

もし、あなたが原発事故付近の住民だったらどんな気がしますか?この問題を人ごとして見ると感情は動かないでしょう。もし、自分が住民だったらと、考えてください。

水俣病や薬害エイズもそうだった。事故後何十年経っても問題は解決されないどことか、被害者の怒りを生んでいる。なにが怒りかというと、企業や国が情報を住民に隠していたからだ。そして、やはり正確な検証や責任の所在、反省も自らすることはなかった。それどころか被害者は陰で嫌がらせをされてきたのだ。まさに被害者は二重被害の生き地獄を味わったのだ。

私たちは何からも教訓を得ることができない民族と言われても反論できない。

そして一番怖いのは、テレビで影響力のある者が、「被災地ガンバレ」と言ってばかりで、東電や国を批判する気骨のある人間が少ないことだ。(一部のジャーナリストはのぞく)

たしかにそんなこと言ったら、仕事を干されるかもしれないし、関係者に嫌がらせや悪口を言われるかもしれないので怖い。私もそう。この記事を読んだら不快に思う人もいるでしょう。
しかし原発問題は黙ってはいられない。原発事故は子どもの将来のことだからだ。

これで黙っておいて、子どもたちに何を言い残すことができるだろうか。

黙っている人間が、世界平和や人類愛、絆、など言ったって小賢しい言葉遊びに過ぎない。
東電から企業献金をもらっていた政治家のみなさんは、この問題とどう向き合っているのだろうか。ただの企業献金ではない。国民の暮らしにとって一番深い原子力を扱っている会社からだ。

原子力が安全だと推進されてきた方、今も推進している方は、ぜひ原子力発電所近隣で暮らしてもらいたい。議論するのはそれからではないだろうか。
そして、せめて原発事故の対策本部は被災地に置くべきではないだろうか。

原発問題は技術の問題ではありません。危険物を取り扱う人間の心の問題なのです。
その心がないまま、危険物を取り扱ったらどうなるのか、今回の原発事故であきらかになりました。

日本人は良い意味で、「和を持って尊ぶ民族」。裏を返せば批判性の貧しい精神性。
原子力発電のような、危険物を取り扱うには不向きなのです。

俳優で、山本太郎という方の勇気ある原発反対行動の、爪のあかでも飲まなければと思い、自分の思いを込めて記事を書きました。

私は、放射能の詳しいことは知りません。汚染数値など、なにが本当なのか、だれもわからないでしょう。

ただ、人間が行っている事故対応は見ていてわかります。

情報隠蔽や、無責任な対応、いいかげんな管理。それを感じたから原発は反対なのです。

あなたはこの問題をどう思いますか?

あなたの心はなにを感じますか?

この問題を、子どもたちになんと言いますか?

何も考えず、何も言わず、子どもたちに何を伝えることができますか?

感情を殺して、どうでもいいと、あきらめて生きていきますか?

自分さえ被害にあわなければ、いいですか?

私は、苦しい。

そして自分の無力を感じる。

ここで怒らないと、感情が半分なくなるような気がする。

人の罪をとやかく言いたくはない。それよりシステムを変えた方がいい。

原発に依存するシステムを変えた方がいいとおもうのです。

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