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2012年9月29日 (土)

責任回避の寂しい社会

川で子どもが溺死した報道を見ると胸が締め付けられます。
手塩にかけて育てた子どもが死ぬなんて、こんな悲しいことはありません。
溺死した子どもの学校の教頭先生がテレビに出てきて、懐から紙を取り出し、「学校は、生徒父兄には川で泳がないようにと通知している」と、テレビに向かって紙を出して、自分たちに責任はないといった感じで教頭先生が胸を張った姿を見たとき、深い深いため息が出ました。(この教頭を責めているのではありません)

このような責任回避的なことが今の日本では蔓延しているのではないでしょうか。
福島原発事故後の関係者のインタビューや対応はその典型的なものでした。

しかしそれもしょうがないのかもしれません。私もそういうところはあります。

「だれのせいなんだ!責任をとれ!」とマスコミ(昨今はネットでも)に詰め寄られる光景を日常茶飯事に見てしまうと、だれだって責任回避的な行動になるのは当たり前です。

そうしないとまじめな人が馬鹿を見るので自分も家族も守ることはできません。

そうやって事件や事故が起きるたびにマスコミやだれかが正義を振りかざして相手を責めると責任回避的な社会になるのが当たり前なのかもしれません。

スピードの時代なので、テレビに出るコメンテーターも簡単に物事の白黒をつけるような発言をしますし、視聴者受けをする人ほど大きな声で我を押し通します。

そういう人もテレビで生き残るために必死なのです。

だれが悪いわけでもなく、これが時代の流れで、そのうち馴れてくるのかもしれません。

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