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2013年5月21日 (火)

なぜネットの愚痴ではなかなか気持ちが収まらないのか

ついつい愚痴を言いたくなるときがあります。

愚痴を一切言わない人は人間的には尊敬されるでしょうが、本人の身体はつらいと訴えているかもしれません。人前で愚痴をこぼさないように押さえている人は多くいると思いますが、愚痴とは無縁の人生を送っている方は、よっぽど達観していてすごい方です。

愚痴は愚痴でも、現代はでもネット上での愚痴が増えてきています。友達同士が直接集まって愚痴を言い合うのとは違い、パソコンやスマホ画面相手の愚痴は、聞き手の表情が見えないので気持ちが収まりづらく、愚痴程度だったことが感情がエスカレートしてきて、いつのまにか誹謗中傷の攻撃になっていることもあります。

人間は五感を使わないと現実感が希薄になり不安定になってきます。相手の表情を見て、相手の返事の声を聴くことによって安心するのです。

愚痴りあっている最中、焼き芋屋さんが車で通って、その香ばしい匂いで、お腹がグッーとなってそこで笑いが起きると、話題の切り替えにもなります。

ひたすら画面相手の愚痴は、自分ひとりの作業なので、共感や同情してくれる相手が見えず、気持ちが収まりづらいのです。

愚痴というのは何のためにあるのかと言うと、身体の内部に溜まったストレスを外に吐き出すためにあります。不快で不安な感情を外へ発散するためです。

人は、快や不快といった刺激があると、精神的反応と身体的反応の二つの反応が起きるのですが、その反応は身体の内部に蓄積されます。

愚痴とは不快な反応が蓄積しないための発散の役割となります。

スポーツや趣味も大いに発散になるのですが、愚痴はそのストレスに対しての直接的な発散なので効果が高いのです。

その発散もなるべく身体(五感)で表現するとさらに発散しやすくなります。

脳への入力も、五感を利用すると記憶力が高まります。発散という出力も、なるべくたくさんの感覚器官を利用して発散すると効果が高いのです。

画面相手の愚痴は、目や口や鼻や耳を使わないので発散されづらいのです。

そして匿名性が加われば、どんどん過激になり、愚痴ではなく攻撃になってしまうのです。攻撃は愚痴とは似て非なるもので、自分の身体にダメージを与えます。

現代の人間は身体をどんどん置き去りにしています。しかし人間は身体で生きているのです。その基本を忘れると不健康な表現方法をとるようになります。

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ネットで100人の知り合いを作るより、例え一人でも、直接愚痴を言い合える相手を、私は大切にしたいな。

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