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2013年5月30日 (木)

これぞ生きるヒントの神髄「自己観察瞑想法」

「生きるヒント」になることに興味がある私が最近実践していることが「自己観察」。

瞬間的な感情や、その気持ち、自然に頭をよぎる思考、感情体験での身体の変化など、第三者の目線になって自分を見るのです。

例えば、マイナス思考が浮かんだとしても、理性でポジティブ思考に治そうとはしません。ただ「マイナス思考になってるぞ~」といった感じで見るだけです。

プレッシャーやストレス感情によって肩が緊張したとしても、その場ですぐ緊張を解こうとはせず、ただ自分の緊張した身体に気づくだけです。

そのような自己観察を今年に入ってから自己流でぼちぼち実践していたのですが、哲学者の永井均氏も私と同じような「自己観察」を試していると新聞のコラムで話していました。

そのコラムを要約すると、「自己観察」はある種の瞑想法でもあり、「ブッタのことば」(中村元訳)でも、「煩悩の流れをせき止めるものは何か」と言う問いに、それは「気をつけることである」と答えている。

つまり「気づく」は、「自覚」するという意味です。

例えば、嫌いな人を「あの野郎」と思うときも、「誰々の顔が思い浮かんで、あの野郎、~しやがって、という思いが生じた」と、客観的視点に立って見るのです。

苦しみは、我々が常に頭の中で流し続けている想念が作り出しているものなので、それらが生まれる瞬間をとらえて、それを単なる出来事として見ることができれば、われわれはあらゆる苦悩から逃れることができることになる。

永井氏もこの瞑想法で明らかな効果を実感されたとのことです。

自己観察瞑想」は、想念が膨らんで力を持ってしまう前に気づいて芽を摘むとことがポイントなのですが、永井氏は、「~ それは間違いなく心の平安をもたらすだろうが、真の幸福をもたらすかといえば、それはまた別の、もっと大きな問題でもあるが・・・。」と言っています。

真の幸福とは人それぞれなので答えはないのでしょうが、「自己観察瞑想」は今の私に様々な生きるヒントを与えてくれています。

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