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2013年6月20日 (木)

痛みの効用 痛みには意味がある!

精神的な苦しみにも意味があるように、身体の痛みにも意味があります。

私は「痛みの効用」として、不快な感情が意識に浮上してくるのを、カラダの痛みの感覚を不快より強くして、心の負担を軽くしているのではないか思っているのです。

不快な感情の中でも、特に怒りの感情は、カラダの痛みとして抑え込まれます。
なぜなら怒りが危険だからです。怒りが表出し、だれかを傷つけてしまうと、社会から制裁されますし、家族間の怒りは一家離散につながり、自分だけでなく、子どもにもマイナスになりかねません。

だから筋肉を硬く緊張させて、怒りが外に飛び出さないようにブロックしているのです。

カラダの内側から怒りのパンチのサウンドバック状態なので、筋肉は痛いに決まっています。しかも怒りをブロックするといった重要な役目があるのですから、カラダは緊張を緩ませるわけにはいきません。

脳科学でも、身体の痛覚と深いな感情の神経細胞が脳の内部で共用されている部分が多いと認められています。

怒りのブロックが筋肉の硬直となり、それが痛みとなっていく論理を仮定すると、どんなに自分でストレッチしようが、どんな手技療法のプロが緩ませようと努力しようが、硬直した筋肉がビクともしないのも納得ができるのです。

そしてもう一つ、筋肉の硬直を緩ませて、怒りの感情をいきなり解放させることによって、硬直は緩んだけど、社会生活ではマイナスとなる可能性もあります。

だから自己防衛本能として治りたくない心理が働くのではないかと思うのです。
参考記事 → 病が治りたくない裏の心理

こんな時どうすればいいのかというと、怒りの感情を少しずつ解放してあげると同時に身体の緊張も少しずつ緩めていくのです。
つまり心理療法と手技療法を同時に行っていくのです。(JIRO心身統合整体が目指していることでもあるのですが、、、まだ修行が足りません)

もちろん無意識の怒りの感情を本人が認めないことには難しいのかもしれませんが、ただいつまでも怒りの感情をブロックし過ぎると、心は自分に対して、あきらめの気持が強くなります。あきらめがむなしさとなり、そしてもっとも危険なウツ状態となっていく可能性もあります。

痛みが続くようだといつの日か自分と向き合う必要が出てくるかも知れません。今はそんなウザイことムリと思うかもしれませんが、その覚悟の芽は少しづつ心の中で養っていってたほうがいいのかもしれません。

痛みにも意味があります。神さまは、無意味なものはつくりません。

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