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2013年9月26日 (木)

人はそれぞれの容量で生きているのではないだろうか

最近、人の心と身体には容量があるのではないかと思うようになってきました。車で例えると残りの燃料です。

燃費のことを考えずにスピードを出しすぎたり、アイドリングを続けていると、予定より早く燃料切れが起こります。

休みの日に会社のことを引きずることはアイドリング状態ですし、思いがけない出世は責任が増し、仕事量も増え、疲れることも多くエネルギーの消費が大きいと言うことです。

しかし、それも人それぞれで、元々燃料がたくさん入っている人もいるでしょうし、燃費が良い人もいるでしょう。もともと燃料が少なく、燃費が良くない人も、生まれつきいると思います。

どんな生き方をするかはその人が決めることですし、最初から運命で定められていたこともあるでしょう。

私自身は子どもが成人するまでは病気をせずに何とか生きていたいと思うようになってきたので、自分の残りのエネルギー量と相談しながらの生き方を考えることもあります。(43歳で下の子が一歳)

若いときはあれだけ無駄にエネルギーを使っていたのに、それだけ肉体的にも精神的にも歳を取ったと言うことなのかな。

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