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2015年6月10日 (水)

”ぎっくり腰”から驚異的な回復力

「痛い!」腰に激痛が走り、思わずその場にへたり込みました。

まさすく魔女の一撃、ぎっくり腰です。

元々私は腰痛持ちだったので以前にも何度かぎっくり腰をやったことがあるのですが、そのたびにこれ幸いと、自分の身体で腰痛治療方法を試しています。(強がりですけど)

しかしぎっくり腰をセルフ整体で治そうとしてもなかなか良い結果が出ず、けっきょくは痛み止め薬を飲んで、冷やして安静が一番なのかなと思うようになってきました。(笑)

私は心と身体の関連性に興味を持っているので、今回のぎっくり腰になった原因を考えると精神的なストレスが大きいのではないかと思っています。

まず、ぎっくり腰になる2週間ぐらい前にスポーツをやっているとき知り合いの不注意で指を打撲してしまいした。

幸い整体では使わない指だったので仕事には支障はありませんでしたが、その方の態度に腹立たしさが残りました。

つぎに他のことで怒ることがありました。

ぎっくり腰になったのは2回目の怒れる出来事の次の日です。朝ちょっと屈んだだけで腰に電気が走り、腰から力が抜けて、その場で立てなくなるほど痛くなりました。

その時、腰は痛くても頭の方は冷静でした。「やっぱり身体に来たな」と思ったからです。

腰は身体の要と言います。肩が痛くても歩くことはできますが、ぎっくり腰になるとまったく動けなくなります。

ビックリするような出来事があると「腰が抜ける」といった身体言葉の表現があるように、腰は感情の影響を受けることがあるのです。

感情の中でも特に怒りの感情は抑圧が一番かかります

怒りの感情をそのまま発散していたら社会からつまはじきになるので、我慢することが多いのです。

しかし持って行き場のない怒りは身体に蓄積します。

単純に言えば、怒りは戦闘する準備段階です。しかし私は振り上げた拳をその時もその後もどうすることもできなかったのです。

それでぎっくり腰。

ぎっくり腰は腰が抜けて立てなくなった状態です。闘うにも腰が抜けていたのでは闘えません。

しかし、ぎっくり腰になったおかげで闘わなくてすむといった、自我に対していいわけはできました。

その感情性ぎっくり腰の理屈に納得できたことで、「あの時怒らなくて偉かったぞ」と、ちょっとぎっくり腰になった自分を褒めてあげることができました。

そして今回は体操などをして自分で治そうとする頑張る行為をやめ、仕事を休んで昼間まからお酒を飲んで、DVDの映画を見て、音楽を聴いて、南国気分でのんびりすることにしました。(ちなみに日頃の私は休みの日でも昼間からお酒は飲みません)

そうしたら立てないぐらいの腰の痛みが次の日には腰の痛みが7割収まっていたのです。

ぎっくり腰を何度かくり返して、こんなに早く痛みが治まったのは初めてです。

なぜ早く治癒に至ったかはハッキリとはわかりませんが、まず痛みの理由に納得できたことと、怒りを相手にぶつけなかった自分を褒めてあげたこと、昼間からお酒を飲んで気持ちを解放してあげたのもよかったのかもしれません。

精神的にはずいぶん楽になりました。

そして、ゆったりしているときも、氷嚢で頭と腰を冷やしていました

ぎっくり腰で腰を冷やすのは当たり前ですが、頭を冷やしたのは初めてです。一応頭に登った興奮を静めることが目的でした。

それにしても今回は異例の回復でした。

これらのことは精神性の痛みの回復のヒントになると思われます。

ちなみにこの話は3年前の話しですが、それから困るほどの腰痛にならなくなりました。

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