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2015年8月26日 (水)

死は必然なのに、

それをどこまで治療するのでしょうか?

半年、死が伸びたからといってそれがどうなんだろう。

半年命を先送りするための治療の副作用でもがき苦しみ、家族に迷惑をかけ、電気ショックを受けながら人生最後の瞬間を迎えたいのか。

国の医療費は鰻登り、生きている人間、若い世代に重くのしかかってくる。

科学が発達して、医療も発達して、助からない病気も助かるようになってきた。

それはそれですばらしいことなのだが、それをどこまで使うのか?

もし自分が末期ガンなど、そういう立場に立たされたとき、死に対してどう向き合うのだろうか。

作家の藤原新也は著書メメントモリ「死は病ではない」と言いました。

 「メメントモリ」 藤原新也著 刺激的な本です

死から逃げることはできない。

死は受け入れるしかない。

その受け入れ時まで人に指図されたくはないな。

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私が死ぬ日は決まっている

「いつ死んでもいいと思っているの」。 

「大往生したけりゃ医療とかかわるな」 中村仁一著

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