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2016年1月26日 (火)

自分は偽善者

私は自分のことを偽善者だと思っています。それは”人のため”と思ってやったことも、そのほとんどが”自分のため”になっていると知っているからです。

自分のためとは、”目に見える見返り”だけでなく、人のためにした良いことをした自分に対しての自己満足感。

「情けは人のためならず」と言いますが、人に情けをかけることはゆくゆくは自分に返ってくると言う意味です。

しかし自己満足的は自己肯定感の割合は人によって差が出ます。

もともと自己肯定がしっかりしている人は、見返りを求める気持ちは少なくてすむでしょうし、愛情一杯に育てられた方はムリに意識しなくても人に対して思いやりを持っているものです。

反対に、愛情に恵まれず育った人は、自己肯定感が少ない。

だから必要以上に見返りを求めるものです。

もちろん親に恵まれず苦労して克服してきた人は自分が育ててきた人生観から人に思いやりを持つようになります。

ボランティア団体に加入していた人が、その中の人間関係に悩んでいました。

そのグループの人たちが”善意の裏の顔が強い人達が集まった集団だったからです。

その善意の裏の偽善に気がつかないでいると、傲慢になります。

募金活動をして、集めた募金で自分たちの飲食を当然の権利とする感覚と同じです。

ではボランティアがいけないのかというとそういうことではけっしてありません。

ひとりひとりが自分の善だけじゃない心を認識していればいいのです。

「私は人助けのためじゃなくて、自分のためにもなってるのだから」と、自分の本心を見つめることが謙虚さにつながるのではないでしょうか。

ボランティアといった下手をすると上から目線になりがちな態度がなくなり、本当の意味で双方にとってプラスになるわけです。

ボランティアは相互協力。

形はちがうけど、震災の地でお金をたくさん使って遊ぶのもすばらしい相互協力です。

自分のできることを無理なくする。

それが自分のためになり、相手のためにもなるのかもしれません。

「自分は偽善者」。

それぐらい思っている方がちょうどいいような気がします。

私はホントに偽善者ですけど。(^^;)

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