カテゴリー「ジロー流生きるヒント」の528件の記事

2021年1月25日 (月)

ナスDの天空のヒマラヤ部族~を見て元気が出てきた

テレビディレクターなんだけどタレントより魅力のある人、通称ナスD。

二人組タレントよゐこ「魚とったぞ~」のディレクターでもあり出演者でもあった人。

その彼がネパールのヒマラヤ山脈周辺に住む超辺境の村々を150日かけて歩いて尋ねながら密着取材を行った番組です。

標高5000メートル近いところを歩き続けるかなりハードなロケで、

ナスDが、

「人間っていうのは良い事とか悪いこととかいっぱいあった方がいいんでしょうね。

じゃないと記憶が残らない毎日になっちゃうから。~ 

いっぱい恥かいたりね、つらい思いをしたり、笑ったりひもじい思いをしたりした方が「生きた」ってなるんでしょうね。」

その言葉一つ一つが胸に刺さってきました。

守りに入りすぎていた自分の人生。

マンネリ、退屈、感情老化。

実は私も若かりし頃チベットやネパールを一人で放浪の旅をしたことがあります。わけあって夜中に検問所を歩いて迂回した時に見た信じられないほど美しい流星群。

毎日歩いて歩いて歩き倒した旅。

その時の体重は50キロ前半までになっていました。今は70キロ後半。(笑)

思い出って生きる糧になるんだな。

よしやろう。

生きてるうちにどんどんやろう。 

いつかまた旅に出たいな。もう放浪はしませんけど。

たぶん。( ´艸`)


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2020年12月10日 (木)

その生き方でいいんだよ

いろんな人がいて、いろんな生き方があって、お互いがそれを認め合って、適度な距離を保ちつつもいざとなったら助け合う。そういう個の生き方を尊重した多様性のある社会が私の理想です。

過度な競争社会は人間関係をギクシャクさせ、お互いをけん制するようになります。

それが過ぎると住民同士でも挨拶をしない、困っている人を見ても助けない社会になっていくのです。

過度な競争化社会を分からないようにして作っていったのは、奴隷化した労働者同士を団結させないようにするための資本家の陰謀、歴史でも証明されています。

競争させ小競り合いさせ、お互いを監視し合う。

ちょっとしたことで徹底的に他人を貶める不寛容社会。

他人を蹴落としてもけっして自分の人生は良くならないのに。

「マウンティング」。
レスリング用語でおおざっぱにいうと相手より優位になるという意味です。
何気ない会話の中に、自分の方が出世している。収入が多い。自分の旦那のエリート自慢。学歴自慢。自分の方が上になりたい欲求から他人を下に見る行為です。

友だちと比較して勝っていないと認めてもらえない環境にいたせいで無意識にマウンティング行為をしてしまうのです。

少なからず誰しもあることですが、それが出過ぎてしまうと困ったちゃんになってしまうわけです。

いろんな人がいて、いろんな生き方があって、そんな寛容な社会の方が私は好きだな。

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2020年11月27日 (金)

自我を守るための怒りもある

怒る理由は自分の思い通りにいかないからです。

ただ怒る行為には表面に見えてこない深層心理があります。

それは「自我を守る」ことです。

精神的限界に近づく前に「これ以上自分にかまわないで!」というシグナルでもあります。

疲れは精神的余裕をなくします。

子供に対しても、疲れているときはいつもより厳しくなりますよね。

正当な怒りとは、迷惑行為をする相手に対しての忠告ですが、ただの八つ当たり的な怒りはマイナスです。

昔だったら家で意味もなく不機嫌なお父さん。外ではいい人なのに家族には暴力的な人。

私も疲れているときに子供たちにさんざん話しかけられてきて、うるさ~いと不機嫌になったことがあります。次の日息子が「お父さん、疲れているときは疲れているから話聞けないと言って欲しい」言うんですね。

怒るより「今疲れているから休ませて」の方が大人の対応ですよね。 

息子に教わりました。(笑)

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2020年11月13日 (金)

自分は必要とされているのか?たったそれだけのこと

人は生きていくうえで衣食住だけ足りていれば満足かというとそれがなかなか難しく、とりあえず安全が確保されると、次に自分の存在意義を問うようになります。

自分は人に、社会に必要とされているのか?

たったそれだけのことで思い悩み苦しんでいるのが私たち人間です。

私たちは、仕事、友人、家族、社会的なつながりによって、自分の存在価値を確認し合いながら生きています。

自分だけその輪から外れて生きるというのは、たとえ生きていくことができても精神的にかなりつらいことです。

個人レベルで孤立感を解決するのは難しいのです。

もちろん性格によって孤独が好きな人、社交性がある人、様々です。

ですが孤独好きな人でも、いざとなれば助けてくれる人がいてこそ真の孤独になれるのです。

誰も助けてくれない、いくら苦しんでいてもだれも気にかけてくれない。

それは孤立です。

選択権のない孤独、すごく苦しい人生です。

ありのままの自分を認めてくれる人の存在は本当に大切。 

本当は親がその役割を担ってくれると助かるのですが、人生は自分の都合通りにはいきません。

ただ、人からの愛情はすぐもらえなくても、自分は人を愛することはできます。

自分は人に感謝する気持ちを持つことはできます。

そう思うと自分と親しくしてくれる人、思いやりのある人に感謝、感謝です。

愛をくださいから、人を愛するにちょっと変化するだけで人生は変わっていくかもしれません。

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2020年11月 9日 (月)

テレビの番組で「専業主婦のコンプレックス」といった特集

をやっていました。

家事育児って立派な仕事だし役割、誰かが掃除しなければゴミほこりのなかで暮らすことになるわけだし、栄養バランスが取れていない食事ばかりだとこれまた病気の原因にもなるわけです。

もちろん育児なんて言葉とかお金に換算できないほど重要なことです。

べつに食事を作るから、掃除をするからエライ、仕事に行くからエライ、というのじゃくて、

人の役割っていろいろでしょ。

それぞれの家庭でしょ。

ただそれだけ。

どう考えても他人がとやかく言うことじゃないわけですよ。

それを煽って番組を熱くさせ視聴率を稼ぐといった目論見もあります。

極論や過激なことを書いた方が本も売れます。

それは商売目的です。

それに影響を受けない方がいいし、影響を受けて他人と比較ばかりするような人生も、自分の人生を生きていません。

「人は人」。そんなふうにおもっていないと自分の人生が世間や他人に振り回されて終わってしまいます。

自分の家族より、世間体で子供の心を傷つける親はたくさんいます。

ただし、もし配偶者が育児家事の仕事を見下すような発言をするようなら、徹底的に教えてあげた方がいいのかなと思う。家庭内で怒りを我慢してばかりだと、後々子供の成長にも悪影響を及ぼします。

不必要な情報はなるべく制限する。

不安を煽るようなテレビや情報は見ない。

人を見下すような人とは極力付き合わない。

自分や家族を守るためにも重要です。

関係ない人の意見に惑わされず、自分の家庭、自分らしくでいいんじゃないでしょうか。

ちなみに私も家事育児やってきてますから。

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2020年9月 9日 (水)

何もない自分を受け入れる

得意なことがない自分

記憶力の良くない自分

いてもいなくてもいい自分

現在はジブン発信の時代。ユーチューブ、SNS、ツイッター、インスタ。

ジブンって幸せそうでしょ。羨ましいでしょ。すごいでしょ。いいでしょ。見て見て。

それに比べて、自分は何もない。。。

「君もやればできる」「本気を出していないだけ」「これを読めば今日から君も一流」と世の中は甘い言葉だらけ。そしてできないときは「あなたの努力がたりない」。

もううんざり。

もうやめにしよう。

努力するのも才能のうち。ぼくは努力が続かないの。

ダメと言いたければ言えばいい。

もう人から尊敬されなくてもいいし、羨ましがられなくていい。

そんな誰かわからない人に向けて努力はしない。

人は生まれて、そして寿命が来たら死ぬ。

虚しさを抱えながら生きているのだ。

そんなつかの間の人生のために少しだけ頑張って重い腰を上げるのだ。

自分にとっての小さな幸せを探そう。

それに共感してくれる人がいたら小さい幸せが膨らみ始めるから。

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2020年8月26日 (水)

感性や直観は大事にした方が良い。

子供のうちはまだその感性は活きていた。

それが次第に計算高くなる。

親の計算高さが子供に乗り移ったかのように。

こっちの学校の方が自慢できるから。

こっちの会社の方が名前が知れているから。

こっちの方が給料が安定しているから。

それで自分に合わない学校を選んだり、仕事を選んだり、少しづつ違和感が拡がっていく。

残業や試験、転勤ばかりで家族と遊べない。

人の上に立つ柄じゃないのに、責任ばかり押し付けられる。

ストレスが溜まって人間関係がギクシャクする。

嫌いなことを続けて身体を壊す。

家族にも疎んじられ、何のために稼いでいるのかもわからない。

そして他所で威張りだす。

会社とは関係ないところで突然怒り出す。

僕はこんなオジサンいっぱい知っている。

自分の楽しみや幸福感を味わった経験が少ないのかもしれない。

僕は子供に「好きなことやれ!飽きたらやめればいい。」とよく言っている。

「自分がやりたいと言い出したのだから最後までやり通せ!」とは言わない。子供は気が変わるものだ。好きなことたくさんやって、自分が何が好きかが初めてわかる。

自分の感性と向き合おう。

オジサンの僕だって遅くない。

一生に一度の人生だ。

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2020年8月12日 (水)

幸福度を高める考え方

私は自分の存在を、家族の中の一人として考えるようになって随分心が楽になりました。

つまり自分だけが楽しんでも家族が不幸だと意味がない。女性からすると当たり前のことなのかもしれませんが、男の人って家族がいても自分さえ、の人わりと多いですから。

男って一人になりたいと思うときってあります。

女性がお友達とおしゃべりしたくなるのと同じことです。

だからと言って男の人もずっと一人はイヤ。

フィジカルディスタンスはよくても、ソーシャルディスタンスは寂しい。

誰かに自分のこと心配してほしいし、自分のこと褒めてほしい。そンな気持ちは女性より強いかも。

「女々しい」とは女性に対してではなく、男性に対して使われるのはそれだけ男性がウジウジして精神的に弱いからです。だから「男やもめに蛆がわき女やもめに花が咲く」というし、いつまでも別れた相手を思うのも男の方だし、ストーカーになるのも男が圧倒的に多い。

転勤などで家族と離れるのは大丈夫だけど、心が離れるのはつらい。あなたはいてもいなくてもいい人の立場はきつい。

私なら生きる気力がなくなりそう。

家族があるから生きている。もし家族に不幸があったら生きていくことに自信がありません。

そう思うと、今家族と楽しく暮らせて最高に幸せなんだなって。

私にとっては人生で一番大切なこと。

優先順位がはっきりしてくると、考え方がシンプルになり良い決断ができます。

今、現時点で家族がうまくやっていくために自分の役割は何だ?

という考え方なので、自宅で仕事している私がメインで家事をやっています。保育園の送り迎え、学校の行事も参加してきました。

最初のころは恥ずかしかったけど、今では顔見知りも増えママさん達とも気軽に会話させてもらっています。

しかし自分がいいと思っていても妻がいいと思っていないと上手くいきません。だから常日頃から本音で語り合うようにしています。

男の人が家事やるの?って見下されたこともありますが、あなたはあなたの価値観で生きればいいだけのことじゃないの?でしょ。そんなことで人を見下すような人は欲求不満を強く抱えている人。私は付き合わない。

うちはうちのやり方でいく。

世間体なんかどうでもいい。


幸福度を高めるためには、この考え方、かなり大事です。

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2020年7月21日 (火)

この世に生まれてきた意味はあるのか?

そんなことを若い頃から考えることがあった。

一度きりの人生なんだから、思い切って好きなことをして生きよう。

そんなことを考えては自分に言い聞かせたこともあった。

上手く行くときもあれば、ついてないときもある。

人生ではっきりとしているのは、時が来れば死ぬということ。

成功者も落ちぶれた者も、死は平等にやってくる。

死を常に思いながら生きていく。

それが生きていく意味でもあるような気がします。

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2020年7月 7日 (火)

馬が合う人は大事にしたい

人間関係は相性だ。

「馬が合う」人もいれば、合わない人もいる。

世間ではダメ人間と言われていても一緒にいて居心地が良い夫、世間では尊敬されて良い人と言われていても嫌悪感を感じる夫。

同じグループの友人関係でもこの人は好きだけど、この人は嫌い。

私はAさんが嫌いでも、YさんはAさんが好き。みたいなこともあるでしょ。

これが仕事上の付き合いなら我慢もお給料のうちと思わなければいけないこともあるのでしょうが、自分に選択権のある人間関係ならできるだけ相性が合う人と付き合いたい。

例えば趣味のサークル内の人間関係。

趣味は続けたいが嫌いな人がいるとします。
私の経験では我慢して続けるより、早くやめた方がいい。

もともと肌が合わないんですよ。どっちがいい悪いは抜きにして、肌が合わない人と一緒にいるとストレスを強く感じるタイプですから、それが病気へとつながる可能性があります。

自分がどんな人に対してもあまりストレスを感じにくい性格なら大丈夫でしょ。

趣味の世界の人間関係なら相性が良い人同士でつながる方がいいに決まっています。

これが夫婦となるとややこしくなるのでしょうが、答えは夫婦で探すしかありません。
ただ嫌いな人と同じ家で住むなんて、私にはそんな忍耐力はないかな。

五十歳ぐらいになってくると、人間関係で悩まされるのはうんざりと思うようになってきました。

できるだけ自分と相性の良い人と一緒にいたいし、そんな人がいたらすごく感謝したい。

そんな関係を大事にしたい。

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